大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(う)236号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石川芳雄作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりで、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官中野国幸作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一、二、〈省略〉

三控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の主張)について

所論は、要するに、原審は、第五回及び第六回各公判期日において受訴裁判所の裁判官以外の山口博裁判官を参与判事補として公判に立ち会わせているけれども、これは、刑事訴訟法第二八二条第二項所定の「裁判官」以外の者が裁判官の資格で「列席」したことになる点において同条項に違反するとともに、受訴裁判所の構成を定めた一人制裁判所に関する裁判所法第二六条に違反し、したがつて、又、裁判所の裁判を受ける権利を定めた憲法第三二条、裁判官が良心に従い独立して裁判をすべきことを定めた同法第七六条、公平な裁判所を保障する同法第三七条に違反し、ひいては刑事訴訟法第四八条、刑事訴訟規則第四四条第一項第四号に自ら反するものであり、又、参与判事補には事件につき意見を述べさせることができるけれども、これは、予断偏見を裁判所にいだかしめない格別の配慮をした刑事訴訟法第二五六条、第二八〇条、第二九六条、第三〇二条等の規定の精神に違反するのみならず、公平な裁判所を構成する以外の者が、事件につき法律上意見を述べるがごときは、たとえそれが拘束力のないものであつても、同法の認めざるところであり、受訴裁判所に予断又は偏見をいだかしめる危険を否定しえないから、参与判事補を公判に立ち会わせた点において、原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある、というのである。

そこで、記録を検討すると、原審は、本件の審理に際し、昭和四九年六月一三日判事補小原卓雄を参与させる旨の決定をして、その第一回公判期日に同判事補を立ち会わせ、その後の同年八月三一日右決定を取り消し、同年一〇月一日判事補山口博を参与させる旨の決定をして、その第五回及び第六回各公判期日に同判事補をそれぞれ立ち会わせ、その各期日の公判調書に右各判事補がそれぞれ立ち会つた旨記載されていることが認められる。

ところで、右のように判事補(以下「参与判事補」という)を各公判期日に立ち会わせたのは、所論指摘のように「地方裁判所における審理に判事補の参与を認める規則」(昭和四七年最高裁判所規則第八号、以下単に「規則という)第一条、第二条第一項に基づくものであつて、それは、参与判事補の事件処理能力の修得向上を図り、あわせて一人制の裁判所の審理の充実強化を目的として、当該事件の記録及び証拠物の調査、主張と証拠の整理、検討、判例、学説の調査等事件処理上必要な事項に参加せしめようとするものであり、その審理への立ち会いは、単に参与判事補をして、記録、証拠物をとおして間接に事件の審理に参加せしめるにとどまらず、直接裁判所の審理にあずかり参加せしめようとするものであるけれども、所論も理解するように、もとより、それは、受訴裁判所の構成員たる裁判官として参加するものではなく、参与判事補は、その参加した事件に関し、その審理に立ち会い、記録、証拠物を調査して得た成果につき、裁判所の求めに応じて意見を述べ得るにとどまり、参与した事件について審判する独自の権限を有するものではないから、参与判事補を受訴裁判所の裁判官と同視する所論は失当であり、参与判事補を審理に立ち会わせても、受訴裁判所の構成、ことにそれが一人制の裁判所であることにはなんら変りがないのであるから、もとより裁判所法第二六条第一項に違反するものではなく、したがつて、又、被告人の裁判所において裁判を受ける権利を奪うものでもないから、憲法第三二条に抵触するものでないことは多言を要しないところである。又、刑事訴訟法第二八二条第二項は「公判廷は、裁判官及び裁判所書記官が列席し、且つ検察官が出席してこれを聞く」と規定しているけれども、右は公判開廷の要件を定めたものに過ぎず、公判廷に列席した受訴裁判所の裁判官及び裁判所書記官並びに出席した検察官以外の者が公判の審理に立ち会うことを禁ずる趣旨のものと解することはできないから、公判の審理に必要、有益であることなど合理的な理由がある限り、右以外の者を公判審理に立ち会わせることが許されるものと解するのを相当とする。このことは、例えば、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)第一七条第九項gにより、アメリカ合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族が、わが国の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつでも、自己の裁判に合衆国の政府の代表者を立ち会わせる権利を認められていること、民事訴訟法第三五八条の四により、簡易裁判所は、司法委員をして審理に立ち会わしめ、事件につきその意見を徴することを得るものとされていることに照らしても明らかであるといわなければならない。そして、参与判事補の立ち会いは、右のような参与判事補制度の目的を達するため必要、有益な手段であつて合理性の認められるものであり、参与判事補の制度は、右のような制度目的、参与判事補の権限からいつて、裁判所の構成に変更を加え、あるいはこれに影響を与えようとするものではなく、あくまでも訴訟手続に関するものであつて、最高裁判所が憲法第七七条の規定に基づいて定めた規則によるものであり、合憲、適法のものであることは明らかであるから、右規則に基づく参与判事補の立ち会いをもつて刑事訴訟法第二八二条第二項に違反するものということはできないというべきである。もつとも、参与判事補を審理に立ち会わせた場合には、その旨公判調書に記載することになつているが(規則第三条参照)、もともと公判調書は、公判期日における審判に関する重要な事項を記載して、訴訟手続の安定、明確性を期することになつているので、そのため、参与判事補が「裁判官」として立ち会うものでない旨を公判調書に記載して手続の公正を期することは審判に関する重要な事項であるから、参与判事補を立ち会わせた旨公判調書に記載したことをもつて、所論指摘の刑事訴訟法第四八条、刑事訴訟規則第四四条第一項第四号になんら抵触するものではない。

又、参与判事補は、参与させた受訴裁判所の裁判官の求めにより、参与した事件について意見を述べることになつているが(規則第二条第二項参照)、右意見は、所論指摘の鑑定人の鑑定や証人の証言などのように裁判のために供せられる訴訟資料と異なり、裁判官が事件処理について参考にする判例、学説や、あるいは少年事件の処理にあたつて聴取する家庭裁判所調査官の意見(少年法第八条第二項、少年審判規則第一三条、第三〇条等参照)などと同じく、参与した事件について、審理に立ち会い、記録、証拠物を調査し、あるいは判例、学説を調査するなどして得られた事実上、法律上の意見であつて、裁判官の心証形成に資するものではなく、裁判官の判断を形成するうえでの参考に資するものであり、その意見は、受訴裁判所の裁判官をなんら拘束するものではなく、事件の審判は、あくまでも参与させた裁判官一人が、公平(憲法第三七条第一項)、かつ、良心に従い独立して行ない、憲法及び法律にのみ拘束される(同法第七六条第三項)ものであるから、参与判事補に意見を述べさせたからといつて、裁判官をしてより適正な判断を可能ならしめる余地があり得るということはできても、所論のような偏見を与える危険があるということのできないことは明らかであり、刑事訴訟法上右のような意見聴取を禁止しているものとは到底認めることはできず、所論の憲法の各条規に違反するものでもない。なお、所論は、刑事訴訟法第二五六条等の規定を引用し、予断排除の原則に触れる旨主張するけれども、予断排除の法則は、裁判所に証拠調べを経ない事実を知らしめないようにして事件につき予断をいだくことを排除しようとするものであるところ、参与判事補は、審理に立ち会い、記録、証拠物を調査して、その意見を述べるものであるから、右の予断排除の法則に抵触するものでないことは明らかである。それ故、原審の訴訟手続には所論のような法令違反は認められず、論旨は理由がない。所論は、独自の見解に基づき参与判事補の立ち会いを非難するものであつて、到底採用の限りでない。〈以下省略〉

(瀬下貞吉 金子仙太郎 小林真夫)

弁護人石川芳雄の控訴趣意

控訴趣意第二点 原判決は、訴訟手続に法令の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑事訴訟法第三七九条および第三九七条により速やかに破棄されなければならない。

理由

原審訴訟手続の経過において、第五回公判期日および第六回公判期日において、受訴裁判所外の山口博裁判官が「参与」した旨の記載が当該各公判調書にある上、事実として同裁判官が右各期日に本件公判廷裁判官席に「一人の裁判官」とともに着席され審理に「立ち会わ」れていた。この事実は、刑事訴訟法第二八二条第二項にいわゆる「裁判官」以外の者が裁判官の資格において「列席」した点において、同条に違反するとともに、受訴裁判所の構成を定めた一人制裁判官に関する裁判所法第二六条に違反し、従つて、また、裁判所の裁判を受ける権利を定めた憲法三二条にも違反するとともに、裁判官が良心に従い独立して裁判をすべき憲法第七六条と公平な裁判所の保障たる同第三七条にも抵触する疑がある。よつて、参与裁判官が本件審理に「参与」しかつ一部「立ち会つた」のは、「地方裁判所における審理に判事補の参与を認める規則」に基づくにしても、その訴訟手続は、法令に違反したものという外はない。以下にその証拠を具体的に挙示する。

(一) 同規則によれば、第一条に「事件の審理に参与させる」とあり、同第二条には「審理に立ち会わせる」とあり、参与判事補には「意見を述べさせることができる」とあり、第三条には「調書にはその氏名を記載しなければならない」とあるのみで、疑義が甚だ多いが、立案当局の解説(昭和四七年一〇月二八日付裁判所時報号外)によれば、参与裁判官は受訴裁判所の構成員でなく、さるからに制服を着用せず、公判期日における証拠調には当事者訴訟関係人に対し発言できず、しかも、受訴裁判所に求められれば「事件につき意見を述べる」という裁判官とされている。公判期日に構成員でないのに列席しているにおいては、既に前掲刑事訴訟法第二八二条第二項に違反するものであり、「立ち会う」裁判官など同法の認めるところでなく、所詮は「列席」しているのであつて、然らば、裁判所法第二六条に抵触するものであり、証拠調等の権限の有無、大小は関係がない。何となれば、求められればにせよ、事件に関し意見を述べることができるという限度にせよ、それは裁判官としての地位、資格において当該事件の審判体自体に加わつているものに外ならず、実質的には「制限された二人合議制」とでも称し得べき新裁判機構である。然らば、それは、裁判所法に違反する構成である。しかも、構成員でないとしながら、公判調書にその氏名を記載すべきことと定められているのは、訴訟法的自己矛盾であり、刑事訴訟法第四八条による刑事訴訟規則第四四条第四号に自ら背馳するものである。

(二) 刑事訴訟法は第二五六条をはじめ、第二八〇条、第二九六条、第三〇二条等において、予断偏見を公判裁判所に抱かしめない格別の配慮をした規定を設けており、証人、鑑定人など証拠方法でも、訴訟当事者以外の者が意見を述べることは法律上厳しく制限されている。然るに、参与判事補または裁判官であるというのみの理由で、公判裁判所構成外の者が「事件につき」当該公判審理途上公式に法律上意見を述べるがごときは刑事訴訟法の認めざるところであるのみならず、該意見の表明ないし陳述は、公判期日内外を問わず、受訴裁判所に予断または偏見を抱かしめる危険は決して否定できないであろう。本件のごとく、直接審理主義にも拘らず僅々二回一部分の公判期日に列席または「立ち会」われた場合には、その危険は一層である。本件において、参与裁判官が事件の事実上のまたは法律上の争点ないし問題点につき意見を述べられたか否かすら、記録上知る由もないものの、さればとて述べなかつたという証拠はないのみならず、違法の問題は「参与」し「立会う」こと自体に端を発しているのは言うまでもない。

(三) 固より、参与裁判官の意見の表明ないし陳述に何ら、受訴裁判所を拘束し得る効力はなく、また、合議体を構成する受訴裁判所の裁判官と異り、表決権もないことは、その規定上明白である。さればとて、参与裁判官の当該事件に関する意見の表明ないし陳述が受訴裁判所の判断に影響があり得ないとなど言い得るものでない。右意見の表明、陳述は受訴裁判所の自由心証に属すべき証拠の証明力にも、証拠の採否およびこれに基く事実認定にも、広汎なる量刑上の裁量にもおよそ公判審理上の事実点および法律点の一切にわたり得るからである。それは受訴裁判所、訴訟当事者以外には許されないものであるのに、これらのいずれにも非ずとされる参与裁判官が、国法上の裁判所の行政上の各部に所属するというのみの根拠で法律上容認されるのは、訴訟法的理解を超えるものである。刑事訴訟法上の予断偏見排除の原則は、憲法第三七条にいわゆる「公平な裁判所」にも、同第七六条第三項にいわゆる「良心に従い」「独立して」職権を行うべき裁判官の義務にも、関連するものであるところ、公平と良心と独立を善意にせよ実質上侵害する危険を、参与裁判官制度は、大いに孕んでいるのであり、本件の審理においてその侵害がなかったとは、該制度の性質上、絶対に保障の限りでないはずである。そして、当該裁判部外の裁判官であれ、一般人であれ、それら受訴裁判所外の者の意見を聴くことが、採否に拘わらず、憲法、刑事訴訟法の根本原則と相容れず同法の容認せざるところであるのに、況や刑事訴訟規則の明文をもつて、これを法的に公式に是認する違憲、違法に基く本件参与裁判官の参与は、その性質上当然判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の違法たるを免れない。

(その余の控訴趣意は省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例